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甲府地方裁判所 昭和59年(行ウ)2号 判決 1988年3月28日

原告

中込四郎

被告

甲府労働基準監督署長原崇

右指定代理人

木下秀雄

上野敬一

渡辺一郎

望月千秋

堀内茂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対し昭和五七年二月二六日付でした甲府基署収第二〇四六号及び同第二〇五八号の休業補償給付を支給しない旨の各処分を取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和二六年三月以降、次のとおりの業務に従事していた。

(一) 昭和二六年三月から昭和三三年一〇月まで

事業所 藤原工業所(山梨県韮崎市所在)

作業内容 手ぶるいによる砂利採取、大型スコップを用いてトラックへ砂、砂利、玉石を積み込み、下ろす作業

(二) 昭和三三年一一月から昭和三五年六月まで

事業所 藤原建設株式会社(山梨県韮崎市所在)

作業内容 河川の堰堤等の災害復旧工事の床掘、石積、コンクリート打ち込み作業

(三) 昭和三五年七月から昭和三九年一〇月まで

事業所 宮本組

作業内容 河川の堰堤等の災害復旧工事の石積、コンクリート打ち込み作業

(四) 昭和三九年一一月から昭和四二年五月まで

事業所 小沢建設株式会社(甲府市所在)

作業内容 林道新設工事の石積、コンクリート打ち込み、床掘作業

(五) 昭和四二年六月から昭和五三年一〇月まで

事業所 中込興業株式会社(山梨県中巨摩郡白根町所在)

作業内容 電柱の穴掘及びカーボン工場の炉出し作業

(六) 昭和五三年一一月から昭和五六年七月二九日まで

事業所 有限会社笹本工業所(山梨県韮崎市所在)

作業内容 林道建設工事の石積作業等

2  原告は、昭和五六年七月二九日、右笹本工業所の韮崎市清哲町地内の工事現場で作業中、作業床を支えていたパイプにケーブルクレーンで降ろしたバケットが当たり、そのはずみで跳ねとばされ、床掘の中に転落し負傷した。

3  原告は、負傷後直ちに同市内の韮崎相互病院で診察を受け、「両側前腕肘部擦過傷」(後に「両側前腕肘部挫傷」と診断された。以下「本件負傷」という。)と診断され、通院治療を受けた。

4  原告は被告に対し、同年七月二九日から九月三〇日までの間の休業について、同年八月一七日、九月四日、一〇月二日にそれぞれ労働者災害補償保険法による休業補償給付請求をし、被告は、同年九月一〇日、同月一七日、同年一〇月九日にそれぞれ休業補償給付金を支給した。

5(一)  原告は、昭和五六年一〇月一日から昭和五七年二月三日まで韮崎相互病院で両側肘部打撲擦過傷、変形性関節症合併の、昭和五七年二月二日から同月一四日まで財団法人山梨厚生会温泉病院山梨診療所で右上肢痛の各傷病名で治療を受けた。

(二)  原告は被告に対し、昭和五七年二月一七日に、昭和五六年一〇月一日から昭和五七年二月三日まで韮崎相互病院で前記転落事故による両側肘部打撲擦過傷、前記1の労働を継続したことによる変形性関節症につき治療を受け休業したことに基づく休業補償給付請求を、昭和五七年二月一八日に、昭和五七年二月二日から同月一四日まで財団法人山梨厚生会温泉病院山梨診療所で右上肢痛による治療を受け休業したことに基づく休業補償給付請求(以下各請求を併せて「本件各請求」という。)をした。

(三)  本件各請求に対し、被告は、昭和五七年二月二六日、治癒後の請求であるため支給しない旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。

6  原告は、本件各処分を不服として、山梨労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ、同年八月三一日付で右請求を棄却され、更に、労働保険審査会に対して再審査を請求したが、昭和五九年八月一日付で右請求を棄却するとの裁決がされ、右裁決書は同年九月七日原告に送達された。

7  原告は、前記2の転落事故による傷害は治癒したが、昭和五六年一〇月一日以降も腕の痛みが残っており、この痛みは変形性関節症に基づくものであり、変形性関節症は前記1の(一)ないし(六)の過去の重労働によるものであって、業務上の事由による疾病であるのに、これを看過してなされた本件各処分は違法である。

8  よって、原告は、被告に対し、本件各処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1(一)  請求の原因1の(一)ないし(四)の事実は知らない。

(二)  同(五)の事実のうち、原告が中込興業株式会社に勤務していたことがあることは認めるが、その期間については知らない。その際電柱の穴掘、カーボン工場の炉出し作業に従事していたことは認める。

(三)  同(六)の事実のうち、原告が昭和五六年七月二九日まで有限会社笹本工業所で土工として勤務していたこと及び同会社で林道工事に従事していたことは認めるが、原告が同会社に昭和五三年一一月から勤務したことは知らない。

2  同2ないし6の事実は認める。

3  同7の事実のうち、原告が変形性関節症であることは認めるが、業務上の疾病であることは否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求の原因2ないし6の事実及び同7の事実のうち、原告が変形性関節症であることについては当事者間に争いがない。

二  そこで、変形性関節症が原告の就労してきた業務に起因するものであるか否かについて検討する。

1  原告の変形性関節症について

原本の存在及び成立に争いのない(証拠略)によれば、以下の事実が認められる。

変形性関節症は炎症でなくて退行性病変であるので関節症と呼ばれるが、関節に慢性退行性変化と増殖性変化とが同時に起こって関節体の形態が変化するものをいい、多くは中年以後に起こり、膝、股、肘関節のごとき大関節に頻発する。男子でその四肢を強く使用し、又はしばしば天候異変に曝露される職業のものに多いといわれる。発症の原因は、特別の原因なくある素質を基礎として関節の老衰現象に器械的影響が加わって発生するものと先天性又は後天性の関節の異常形態、外傷、疾患、新陳代謝異常などの明白な原因を素地として発生するものとがある。症状としては、潜行的に発症し、初期には関節の運動痛及び荷重痛があり、関節可動性は漸次求心的に減少する。関節は中等度の拘縮位をとり、軽度の関節包腫脹を見るが、皮膚及び皮下組織に変化はない。全身状態は一般的に良く発熱することはない。X線像は特有で、関節縁の尖鋭化、骨棘形成、関節裂隙の狭小、関節軟骨下層の濃影化などが認められる。生命に関する予後は良好であるが、完全治癒することはない。

2  原告の業務内容等について

原告が中込興業株式会社に勤務し、その際電柱の穴掘、カーボン工場の炉出し作業に従事していたこと及び有限会社笹本工業所に勤務して林道工事に従事していたことは、当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和二六、七年ころから、農業の傍ら、土木作業に従事するようになり、まず、藤原工業所で手ぶるいによる砂利採取及び砂利等の積み込みの仕事に就いたこと

(二)  その後、原告は、藤原建設株式会社で河川の堰堤等の災害復旧工事の床掘等の作業に就いたが、その期間は僅かであったこと

(三)  その後、原告は、宮本組で石積等の仕事に就いたこと

(四)  原告は、昭和四二年三月から同年五月まで小沢建設株式会社で林道新設工事のコンクリート打ち込みのためバイブレーターなどを使用したり、間知石の運搬等の仕事に従事したこと

(五)  原告は、昭和四二年ころ、半年間位、中込興業株式会社で電柱の穴掘作業に就いたこと及び昭和五二年ころ、同社で二年間位、カーボン工場の炉出し作業に就いたこと

(六)  原告は、昭和五三年から昭和五六年七月まで、有限会社笹本工業所で林道建設工事の石積作業等に就いたこと

(七)  原告の家は田二反六畝、畑一反六畝の耕地を有し米作、養蚕をしており、原告はこれら農業の傍ら土木作業に従事してきたこと

(八)  原告は、大正一二年一二月一九日生まれで、昭和五六年一〇月一日当時、満五七歳であったこと

(九)  原告がこれまで診察を受けた医師は、すべて原告の変形性関節症が、過去の労働に起因することは否定していること

以上のとおりであり、原告本人の供述中、昭和二六、七年ころから昭和五六年七月まで年間を通して継続して土木作業に従事してきたとの供述は措信することができない。

3  ところで、前記のとおり、変形性関節症は、老化現象として自然発症したり、本人の内的素因を基礎として発症したりすることも多いものであるから、業務との因果関係を肯定するためには、単に当該労働者が一般的にみて発症の要因となりうる労働に従事していたということだけでは足りず、自然発症又は主として本人の内的素因に基づく発症と明確に区別された形で、当該労働が変形性関節症発症の原因であることが明確に肯定できることが必要である。

しかるところ、前記2で認定したように原告は土木作業に継続して従事していたわけではなく、その傍ら自己の経営する農業に従事していたのであり、業務の内容等と原告の変形性関節症の症状等との間に前述のような関係を認め得る証拠はなく、また、原告の年齢、前記医師の診断等も考慮すると、変形性関節症が過去の労働に起因するものとは認められない。

三  以上の次第により、原告の傷病が業務上の事由とは認められず、結局治癒後の請求であるとして休業補償給付を支給しない旨の本件各処分には、違法な点はなく右各処分の取消を求める原告の請求は理由がないから、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠清 裁判官 鈴木健太 裁判官 駒井雅之)

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